日蓮宗 一乗山妙法寺

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  • 祈りの登詣 (機関紙 本門第166号掲載)伊藤妙華

    2019年03月10日

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    妙法寺で毎月十五日に「観心本尊抄」の講義を加古雍さんがして下さっています。その時に、日蓮聖人御遺文の「日女御前御返事」の一節である「妙法五字の光明にてらされて本有の尊形となる」の意味をお聞きしました。「南無妙法蓮華経のご本尊の光に煕らされて、お曼荼羅の中にいる一人の私が、ありのままで尊い姿と成って生きている事、そして、生きとし生ける一切衆生(人間も動物も植物も鉱物も)が、このお曼荼羅の中に入っている。これを本尊ということも。そして日蓮聖人はこのお曼荼羅は、私日蓮が作ったものではなく釈尊、多宝の二彿と、十方分身の諸彿とが版木ですり出された正確な本尊である」とこの御遺文の中で仰しゃってみえるという事を何度となく話して下さいました。

    この度、三十五日間の信行道場で修行させて戴きました。その間身延山登詣があり、お題目をお唱えしながら、団扇太鼓一丁で登りました。登りは、皆が楽に揃って登れるように願っての登詣でした。下りは、途中から先程の御遺文の一節が思い出されてきたのです。そしてふと、七面山登詣の時は加古康さんの事を想って登ろうと思ったのです。といいますのも、加古さんはその昔、たまたま立ち寄られた骨趾品屋さんで七面天女を見つけ、買わ札ました。その時は七面天女とは知らずその後、七面天女と分かり、大切に祭られました。私も歯医者に通う中で、七面天女にお目にかかりました。そして今、加古さんは、病と闘いながらも歯医者を続け、頑張って講義をして下さいます。そんな姿を想いながら、又大切な一節を教えて戴いた事への恩と、七面山に縁のある七面天女をお祭りしてみえることが重なって、そう思えたのです。もう七面山に登詣できない加古さんの分まで登詣しようと。登りは、ほとんど加古さんが妙法五宇の光明に照らされて本有の尊形とならんと願い、下りは、一切衆生が妙法五字の光明に照らされて本有の尊形となる事をどうやって伝えていけば良いのかと思いながらの登詣でした。祈りの登詣はあっという問に登れ、下りは答えの出ないままあっという間に下りてきました。

    自分なりに出した結論は、私が、一切衆生、生きとし生けるもの、人でも草に対しても、この南無妙法蓮華経に照らさ牡て、この身この姿で尊いのだということを実感して生活していく事だと思いました。又、この姿勢は但行礼拝につながるものだと思えました。そして日蓮聖人はこの御遺文の中で「ただ我等が信心唱題する胸の中にこの本尊が存在する」と仰せです。絶対の信仰を捧げることで、この本尊の宝塔へ入ることができる。有り難いことです。

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